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お知らせ

お知らせ詳細

★アトピー・アレルギーの方へ 
「超重曹の研究・実証発表会」
 ―各地の日程と主なテーマは以下の通り
・重曹・超重曹の理論の報告
・実際に理論を実行された方のアトピー実証体験談の報告
・アレルギー原因の最新知見とその具体的な対処方法
・生活習慣病に重曹・超重曹はどう機能するか 
重曹研究第一人者による最新知見とその理論をお聞きください。
◎このセミナー、勉強会は「当協会会員」「いのちの会」「趣旨に賛同される方」によって主催されています。参加希望者は事前に当協会infoにてお申込み下さい。
*不明な点、詳細については当協会infoにて問合せ下さい。
★2018年1月
1)沖縄・津嘉山
  日時:12/15(金)6:30
     12/16(土)14:00
  場所:且ト 津嘉山事務所
  参加費:1000円
  主催:いのちの会-沖縄
2)山梨・甲府
  日時:1/11(木)14:00
  場所:ゆうき村
  参加費:無料
  主催:エバーグリーン
3)東京・鵜の木
  日時:1/12(金)
     @10:00〜 A14:00〜
  場所:ランスアン
  主催:ワンラップコート鵜の木
  詳細はお尋ねください。
  次回:2/3((土)予定
4)千葉・柏
  日時:1/13(土)13:30
  場所:木こりの家
  参加費:500円
5)東京・練馬
  日時:1/14(日)10:00
  場所:練馬区北区民会館
  参加費:無料
  主催:泣Cンナック
  次回:2/11(日)予定
6)東京・調布
  日時:1/15(月)13:30
  場所:調布市文化会館たづくり302号
  参加費 1000円
  主催:椛蜿クビルメンテナンス
7)東京・新宿
  日時:1/16(火)13:30
  場所:大久保地域センター3F会議室B
  参加費:無料
  主催:NPOガーベラの会新宿
  次回:2/7(水)予定
8)広島・廿日市市
  日時:1/21(日)
  場所:
  参加費:
  主催:泣Cーアンドアール
9)大阪・吹田
  日時:1/24(水)
  場所:吹田商工会議所
  参加費:500円
  主催:潟Aドバンテックケア
10)沖縄・津嘉山
  日時:1/26(金)6:30
     1/27(土)14:00
  場所:且ト 津嘉山事務所
  参加費:1000円
  主催:いのちの会-沖縄

コラボdeクリエイト

 コラボdeクリエイトとは貴社が抱えている問題を貴社と一緒になって解決するシステムです。日本グリーンハウスクリーニング協会では、グリーン液剤の研究開発を行っています。このグリーン液剤の持つ機能とパワーを応用すれば、今までと違った角度から問題にアプローチすることができます。
 例でも挙げましたように、美容業界ではシャンプーによる手荒れが大きな問題となっています。では、手荒れのしないシャンプーはないのかというと、シャンプーの原理的に無理なのです。しかし、相談していただければ、解決できます。
 手に付いた魚の臭いまで消すハンドソープ、これもありません。
 油を使わない錆びコーティング剤
 キャンプ場などで食事をしたあと、水を使わない食器洗剤
 ・・・いろいろありますね。
 業界の方でしか分からない問題、そのお店の方でしか分からない問題というものがあると思います。一緒に解決のために研究開発しませんか。コラボdeクリエイトしませんか。研究開発のための費用は無料です。取りあえずinfoにてお知らせください。

『100,000年後の安全』のマイケル・マドセン監督「フクシマ」を語る

nikkei BPnet2012年1月17日号に下記のタイトルで記事が掲載されました。ほとんどの人がこの記事を知ることなく、あっという間に情報のジャングルの中に消えてしまった。この記事を探し出したとき、私は、これは記録として残しておかなければならないと思いました。このまま埋もれさせてはいけないと思いました。ぜひ、一読されまして、世界でも1、2を争う原発大国日本に住む私たちはどう原子力と向き合うべきか、一人一人の意思決定の一つの情報として参考にしていただきたいと思います。全文をそのままご覧下さい。ライターは伝農浩子さんです。

「復興ニッポン:「オンカロ」の意味するもの〜10万年後をどう考えますか?」
『100,000年後の安全』監督が語る、“メンタル・メルトダウン”の日本

『100,000年後の安全』という映画がある。フィンランドに建設された、高レベル放射性廃棄物の最終処理場を追ったドキュメンタリーだ。通称「オンカロ(ONKALO−「隠された場所」の意味)。廃棄物が“安全になる”まで、10万年、それを“隠し続ける”ための施設だという。世界各地で公開。日本でも何度も公開されており、国会議員に向けた上映会も開かれた。2009年にこの映画をつくったマイケル・マドセン監督にインタビューした。
 不謹慎だが、高レベル放射性廃棄物の埋蔵施設ということを考えなければ、映画『100,000年後の安全』は、どのシーンをとってもポストカードにしたくなるような“きれいな”映像だ。
 繰り返されるインタビュー。浮遊するように不安定なカメラワーク。ゆったりと淡々と画面が流れ、それ故に空恐ろしさが残る。決して主義主張は展開していない、何も結論を語っていない監督の心情が、観る者に刻み込まれる。きっと、放射線もそうして無意識の人体に忍び込むのだろう。
 2年前に完成し、様々な方面で話題となったこの作品が、東日本大震災を受けて、更に注目を集めることとなった。

●東日本大震災を受けて4月に上映
 フィンランドに建設されていた(撮影時は掘削途中、最近最終地点までの到達をみたとのこと)高レベル放射性廃棄物の埋蔵施設、「オンカロ」の存在を追求したドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』は、昨年4月、東日本大震災を受けて、秋の予定から前倒して公開された。マイケル・マドセン監督の来日も計画されていた。が、監督が辞退し、この時の来日は叶わなかった。
 「自分が“『行かない』という行動を取る”こともひとつのメッセージになると思った」
 4月の来日を断った理由を、監督はそう語る。
 「私は、映画祭に参加していたメキシコで日本の地震を知りました。映画のスタッフから連絡があり、ニュースを見るとちょうど1度目の爆発が起きていた。その直後、スウェーデンのオンカロ関係者に状況を聞こうと連絡を取ると、『政府が専門家に緊急招集をかけたので、自分も行かなければならない。そのため、電話には出られない』というんです。地球の裏側にある日本からの影響を検討するために、です」
 日本へ行って日本の人たちに会いたいという気持ちの一方で、それほど危険な事態なのだということを伝えたかった、という。
 日本でも、監督の来日がなくなったからといって注目度が薄まることはなく、5月にはNHKのテレビで短縮版が放送され(2月の再放送)、7月には国会でも上映され30人強の政治家たちが観たという。
 そして公開から約8カ月、監督の来日が実現した。

●10万年もつ建造物の存在を「忘れることを忘れない」という無理難題
 映画の舞台となるのは、“オンカロ(ONKALO-隠し場所)”と名付けられたフィンランドで建設中の、放射性廃棄物の埋蔵施設。自然豊かな森にある入り口から500mジグザグに掘り進んだ地下にある。
 「キッチンで洗いものをしている時にラジオから『高レベル放射性廃棄物が無害になる10万年後まで保存する建物をフィンランドに建設されることになったというニュースが聞こえて来たんです」
 それがきっかけだったと監督が語る。当初、関心を引いたのは、「10万年」という途方もない時間だ。
 「このオンカロという建築物の概念は、10万年後、人の手から離れても存続しうるものとして作られているわけです。つまり、人類史後、ポストヒューマンの時代にも生き残れる建造物、人類が未だかつてないものを造ろうとしている」
 10万年前といえば、地球上は「ホモ・サピエンスがアフリカを出た」という時代だ。では、10万年後の世界とは……。
 果たして本当に10万年もつのか、その間は安全なのか、危険な廃棄物を格納していることをどうやって伝えるのか。更に、本当に10万年で危険性はなくなるのか――。
 監督自らが語り部となり、様々な疑問を重要な関係者に投げかけた。監督はそのために、科学者と対等に議論できるまでに資料を読み込んで挑んだという。カメラの前で答える人の中には居心地の悪そうにみえる人も。
 「オンカロの科学者に、『客観的に見てこの施設、オンカロをどう評価するか、懸念や心配はあるか』と聞くと、『ない』と答える。それほど科学を信じ、信念を持っている。科学者というものは、測定、検査を行ない、全てのデータが揃ったら、いつの日か全てが分かって、完全なる知識を得て解決できると。それはある意味で、理想主義的なレベルにまで行っている。
 だから、科学者というのはある意味で冒険者でもあるわけです。
 彼らにとってこの世界は不思議の国であり、彼らの存在、好奇心はそれで素晴らしいこと。しかし、それと、彼らがそれを全て把握し、征服し、マスターできるということはイコールではない。だから、全てを科学者に負わせるのは妥当ではない。
 さらに、10万年という恐ろしい時間が必要となると、どの科学者もその危険性を把握できるはずがなく、安全性の証明などできないと思うんです。更にこの数字は、フィンランドの認識であり、アメリカとフランスでは、100万年としている。
 となると、彼らにできることといえば、どうやって丈夫なものを造るかといった、技術的なことになる。つまり、最終的に彼らに求められるものは、モラルとか、道徳観とか、科学的思考回路とは全く次元の違う思考となる。
 できるからといってやるべきか、やらないか、という判断を、しっかりとした価値観を持って行なうのはとても難しい。やってみるということは魅惑的な誘いであり、新たな発見のためには必要なことでもある」
 10万年という間に誰かが立ち入らないとはいえない。今の情報伝達方法で伝えられる可能性は低いと考えざるを得ない。だから、オンカロに近寄らせないためにも、その存在を忘れ去ってほしい。そして、未来永劫、「忘れるということを忘れてはいけない」。忘れ去らなければならない廃棄物を生み出すものが現在、私たちの生活を支えるエネルギーの源となっている、という現状が突きつけられる。

●東日本大震災のニュースを聞いた瞬間、今の状況は想像できた
 「今回の映画の最初に、私は自分のサインを入れました。それは、“オンカロ”というものをひとつの現象として捉え、自分の生きている時代がなんなのかを見つめ直したいと思ったからです」
 そして、今、「東日本大震災」もひとつの現象として捉えているという。
 映像の中には、「10万年という年月の間には、戦争もあれば自然災害もある」として、地震のシーンも出てくる。期せずして予言する形となった。
 「そのニュースを聞いた時に、知りたくないけれど厳しい事実が分かりました。この映画を撮るに当たっていろいろ調べていたので、容易に想像できた。そして、厳しい事実はいまだに続いています」
 ある時点からは日本政府も、もっと事実を把握できていただろうという。
 「誰が責任を取るとは言えないような大きな事態だし。それが深刻であればあるほど、人はそれと対峙することが難しい。
 避難地区にしても、日本では半径20kmとか、30kmとか言っているけれど、ヨーロッパでは、70km、100km……。これほど認識、判断が違う」。
 そして、オンカロの学者たちは「不安定で地層処理のできない日本は、最終廃棄物処理場が作れない国だ」と言ったという。
 インタビューは、監督の取材スケジュール2日目、びっしりと組まれた取材の最終組だった。言葉を選び、努めて冷静に対応しようとしているマドセン監督は、疲れ、明らかにいらだっていた。何に……か。
 「この2日ほど、日本の人、ジャーナリストたちに接して思ったのは、メルトダウンが福島で起きる以前に日本人のアタマの中でのメルトダウンが、“メンタル・メルトダウン”が始まっていたんじゃないか、ということです。
 今回の福島の事故(事件)が起るまであちこちの原子炉でこれまでいくつもの事故が起きていた。だけどそれは全部トラブル隠しをしてやり過ごしてきた。そしてそれを日本人は誰も責めなかった。誰一人として。結局、これが深刻だということを感じながらも見て見ぬ振りをしてきた人がほとんどだったということ。そして、今回の事故と過去の小さな事故が、一見、つながりがないような振りをしているけれども、その実は、起るべくして起ったということなんです」

●日本人は心象風景の中に原発を置いてしまった
 「日本人の精神論や文化的なバックグラウンドがそうさせたということができるかもしれないけれども、日本のこの事故が起きたことに寄って、ドイツが取った姿勢を見ることはとても意味があると思います。ドイツはいったんやめると言ったのにやっぱり必要かと思い直し、さらに今回の福島の事故をみて、日本のように技術がありきっちりとした性格の人たちに管理ができないなら誰にもできるわけがない、と言ってやめたんですね。
 それに対して日本では、何も結論を出していない。それどころかディスカッションすら起きていない。これは非常に恐ろしい状態で、やるべきか否かという論争がもっと沸き上がってもいい。あちこちで多少のディベートが起きているのは知っていますが、それが大きいレベルにはなっていないんですよね。これは非常に深刻なことで、実際に福島で起ったメルトダウンよりも深刻な“メルトダウン”が日本人の中で起っているのではないかと感じました」。
 ドイツが原発廃止へと舵を切り直した理由は他にもあることは、様々なリポートが伝え、監督自身も分かっていてあえてそう言ったのだろう。
 目の前の危険を見ぬ振りをしてやり過ごし、慣れきっていった。それを監督は「メンタル・メルトダウン」と表現した。
 混乱の最中(さなか)にあっても秩序を守り、お互いを助け合ったと賞賛された日本人の行動。打ちのめされても「また立ち上がる」と話す前向きな姿勢。その姿への感動も相まって、海外からは多くの救助の手が、公的・私的な人、物資、義援金、励ましの言葉が寄せられた。きっと、生まじめで正直で前向きで働き者の日本人なら、自分たちで見事に問題を解決して、自分の足で立ち上がって歩き出すだろう、その手助けをしようと。
 ところが、いつまで経っても自分たちで内部浄化して立ち上がる気配がない。これまでに大きな原発事故がなかったわけではない。決して少なくはない大小の事故が積み重なっての大事故。日本人は生真面目で、厳格で、正直だったのか。
 「今回の福島の事故というのは、人災だと思います。そして、その責任というのは反対派も含めて、全ての人にあると思います。世界中の人に責任があるといっていい。日本がこれをどう解決していくかを世界は注視していると思いますね。
 繰り返しますが、これは天災ではなくて人災ですよ。政府が情報をちゃんと開示しないことに対して、なぜもっと怒らないのか。問題の本質を直視して、それに対して行動を起こさないのか。
 日本ではどうしても避難をしている人たち、災害を受けた人たちにばかり目がいって、彼らの深刻な状況を生み出したのが福島第一原発問題だということに気づいているようには見えない。それに対処することによって、逆に自分たちの未来を良いものへと転じることだってできるはずなんです」。
 「日本人は、心象風景の中に原発を置いてしまったんですね」――。
 監督にとって、日本の状況を解釈した言葉がこれだった。

●美しいが故に際立つ現実の恐ろしさ
 ところで、特異なテーマをさらに際立たせるのが、アート系監督ならではの映像美だ。監督自身も、「ドキュメンタリーという形を取って入るけれど、芸術作品でもある」と解説する。
 「カメラクルーには、現実は科学的なものだけれども、SF的に、あたかも自分たちが宇宙からやって来た侵入者であるかのように撮ってほしいと言いました。宇宙人には何が大事で何がそうでないかが分かっていない、全てが未知との遭遇、そんな感覚です。
 そして、そこにあるのは現在であると同時に、10万年後という違う時代でもあるわけです。だから、(例えば)敢えて銀世界という美しい映像で描くことで、あの世というか、現世ではないもうひとつの世界とつながるようなイメージを持たせた。現実的でもあり、非現実的なポートレートになっているのです。
 もうひとつ、ある程度焦点を合わせて、そこから見るという遠近法を使っています。見る人の視点から見るという、今では当たり前の発想ですが、遠近法は、ルネッサンス時代に生まれた。全ては神によって造られたものという概念から、進化論のような化学へと考え方が変わっていったこの時代の象徴なのです。
 また、音楽も考えた。エドガー・ヴァレーは、最初に電子音楽を造った、「電子音楽の父」と呼ばれる先駆者的な存在の人です。後に続くクラフトワークの「放射能」(1975年作品)という曲を使っていて、音楽ということを取りあげても、ひとつの歴史の流れの中で捉え、意識してつけていったんです」
 科学的思考と大きな時(とき)の流れがこの中に込められている。
 【訂正】2p目「撮影時は建設中、最近完成をみた」とあったのは「撮影時は掘削途中、最近最終地点までの到達をみた」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。(編集担当)※本文修正済み(1/18)